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30階建ての建物の16階のベランダに、生身の人間が降りてこられるはずもなく、シミアンは驚きのあまり動きを失った。薄闇の中に佇む少年の姿は、けれど、どこかシミアンを惹きつけて放さなかった。
だからなのか、シミアンは少年のことを友人たちには伝えずに通信を切ったのだが、振り返ったときには既に、少年の姿は消えていた。
それから毎日のように、メッセージを確認する時間になると、決まって少年が現れるようになった。
初めのうちは声をかけることなど考えもしなかったのだが、少年が現れて三日目の雨の日、ベランダでずぶ濡れになっている少年を見て、シミアンは思わず噴き出した。幽霊だか何だか知らないが、雨に濡れそぼった姿はどこか捨て犬のようで情けなく、可愛らしかった。
読みかけのメッセージを開いたまま放置して、無駄だと思いながらも名を訪ねると、驚いたことに返事があった。キシンだ、とやや掠れた声で少年は名乗った。
「キシン、ソーダは飲めるだろう?」
冷蔵庫から取り出した瓶を軽く掲げて、シミアンは尋ねた。もちろん、端から返事など聞く気もなく、すでに両手にソーダの瓶を持って冷蔵庫に背を向けている。
無色透明の発砲水、これがこの寮に住む子供たちに与えられる飲料水である。水道から出る水を飲むことは、衛生面の理由から禁止されていた。
「はい」
栓を抜いたソーダを手渡しながら、キシンの隣に腰を下ろす。
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