過去・雅龍との出会い

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俺は呆然とアホみたいな表情で雅龍さんの背中を見送った。パタンとドアが締まり、静寂が訪れる。 「……終わる」 ここでの生活は毎日毎日夢の中にいるみたいにふわふわしていた。 「もう……ここで……働かなくていい……」 そう口にしたとたん、ふわふわした感じが一気に消え、脳が正常に、現実に戻っていく事に心がざわつきはじめた。 急に今までやってきた事が脳裏によみがえる。客の望むまま、酒やタバコを飲み、体を差し出し、時には屈辱を受けてきた。 怖くなり震える両腕を握りしめる。 「俺……」 ぎりっと奥歯を噛みしめていると、数人の足音と怒鳴り声が聞こえ、外からは複数のパトカーのサイレンが聞こえてきた。 その音でさらに怖くなり両耳を塞ぎ、体を縮こませる。 しばらくすると、雅龍さんが戻ってきた。 「……終わったぞ。よくがんばったな、暁」 「うっ……うぅ……」 どうして俺の名前を知っていたのか、この時何も疑問に思わず、久々に呼ばれた名前に、その優しい言葉に涙が溢れた。 雅龍さんが俺を抱きしめ頭を撫でてくれた時、すべて終わったのだとようやく理解し、我を忘れて大声で泣き続けた。 その後……警察で事情聴取をした後、抜け殻だった俺は雅龍さんから母方の従兄だと教えられ、「帰る家がないなら一緒に暮らさないか?」と提案され頷いた。 なんだかんだでバタバタして1週間たったある日、俺は突然の自由に、当たり前の平和な日常に、困惑し始めた。 考える時間が出き、ホスト時代にやってきたあれこれを思い出しては自責の念に駆られた。 不眠症になり、食べる量が減り、自分を拒絶し、なぜ生きているのかわからなくなった俺は……自傷し始めた。 きっかけはイライラして夜街で喧嘩したときだった。相手の拳を腹に食らったとき、目の前が明るくなった。視界がクリアになり自分は生きてるんだっと感じることができたからだと思う。 それから、雅龍さんにバレないように顔以外は防御せず喧嘩をするようになった。毎日外へ出て喧嘩することは無理なので、家にいるときはタバコの火を腕に押し当てたり、耳に針を刺しピアスの穴を増やしたりしていた。 そうやって自分を傷付けることで、ドロドロした重い何かが薄まり、心が少し軽くなった気がした俺はそれを幾度も繰り返し……ある日、雅龍さんに自傷している事がバレた。 あのとき見た雅龍さんは今でも鮮明に覚えてる。 タバコに火をつけ数回吸った後、袖を捲り煙草を押し付けた。 「いっ……、はぁ……」    ジンジンする焼ける痛みに頭がクリアになる。でもまだ足りない。もう一度吸って腕に押し付けようとしたとき、ガチャリとドアが開いた。 「……暁、何をやっている」 無表情で見つめる雅龍さんに俺は固まる。早く何か言わなくては、と口を開くが、喉に何かが引っ掛かったみたいに声が出ない。 無言で近付く雅龍さんに、俺は殴られると目をぎゅっと瞑った。 ……が、想像した痛みがこない。 「暁……」 優しい声と共に自分の名を呼ばれ、ビクッと肩が上がる。恐る恐る目を開けてみると、雅龍さんが眉間に皺を寄せ俺をじっと見ていた。 目を泳がす俺に、雅龍さんはぽんっと頭に手をのせ、煙草を取りあげたかと思った瞬間、ぐしゃりと素手で握りつぶした。 「なっ!」 俺は慌てて雅龍さんの手を開かせようとするが、ぴくりとも動かない。 「雅龍さん!!手!ひらいて!早く!!」 手をひらくよう強く訴えようと雅龍さんを見て、息を飲み込む。 悲痛な表情を浮かべながら、ギリギリと歯を噛み締め、涙を流す雅龍さんに俺はどうしていいかわからなかったからだ。 数秒の沈黙後、ふわりと香る柑橘系と共に、ぎゅっと体を強く抱きしめられ、暖かい温もりと雅龍さんの心臓の音に安心し、体の力が抜けていった。 「……暁、すまん。気付いてやれなくて……」 ポンポンと背中をリズムよく叩かれ、自然に頬に涙が伝う。 「うぅ……ごっ、ごめん……なさい」 それから、雅龍さんの友達のカウンセラーにカウンセリングをしてもらいながら、雅龍さんに何度も何度も迷惑をかけた結果、徐々に普通に暮らせるようになった。 無償の愛情と温かい居場所をくれた雅龍さんのお蔭で……。
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