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はじめてその人からメールが来たのは開催していたグループ展の最終日だった。その人は一緒に展示していたメンバーの一人と知り合いで、展覧会を見に来てくれたのだという。
名刺交換をして当たり障りのない会話を重ねた。芸術には疎くてねと照れたように頭を掻く姿が、少し可愛いと思った。
私は自分の分野の話を、多分理解していないだろうことはわかっていたが、これが私の役割なので作品を見ながら掻い摘んで説明して回った。
その人は相槌を打つのがうまく、実際の解釈がどうであれ、気持ちよく話をすることができた。だから本来なら私の方からお礼の連絡をするべきだったのに、その人からメールが来てしまったのだ。
お世話になっております。
お決まりの文句。味気ない文面。でも最後に付け加えたように添えられたひとことに私の心はぐっと持っていかれてしまった。
『貴女の作品に触れて、知らない分野のことをもっと知りたいと思いました』
社交辞令だとわかってはいる。けれどまるでもっと私のことを知りたいと言われているようで、このところ感じることのなかった興奮にも似たトキメキが沸き立つのを感じた。
けれど私も大人だ。こんなトキメキは一過性のものとよく知っている。
私は心を落ち着かせて定型文のような文面を送り返した。これでこの人とは終わり。こんなことはよくあることだ。もしかしたらまた展覧会で会うかもしれない。でもその時はご無沙汰すておりますとにこやかに会話すればいい。
しかし次の日、まるで当たり前のことのように再びメールが送られてきた。
『何か僕にお手伝いできることはないでしょうか。分野が違うことを活かして出来ることがあったらいいのですが』
もちろんパッと思いつく限りでその人に出来ることなどない。けれどその気持ちが嬉しい。有難いことだ。
そのお気持ちだけありがたく頂戴いたします。
手紙だったら少しは感謝の思いが伝わるのだろうか。口元が綻ぶのを抑えようともせず、パソコンに整然と並ぶ癖のない文字を私はぼんやりと眺めた。
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