約束

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 確かにアルコールは入っていた。お酒に強くない私はたった一杯だというのにいい気分だった。けれどあれは酔った勢いじゃない。私は自分の意思でその人と寝た。  二度目に会ったその人は以前会ったよりも爽やかに見えた。それはきっとメールのやり取りがあったからだろう。私はすっかり気を許して、仕事ではないプライベートなことまでペラペラと話していた。  でもこれはもっと自分を知ってほしいとかそういったことではなく、左手の薬指にリングをはめているその人に対する憤りのようなものだった。  あれだけ甘い言葉を吐いておきながら予防線を張ってくるその態度が気に入らなかった。今だってちょっとフラついた私の肩を紳士のごとくスマートに抱いてくる。 「少し休みますか?あ、でもあまり遅いと彼氏さんが心配しますね」  自分は結婚しているけれどあなた達はまだ法律で保証されたカップルではないんですよね、と優越感に浸られているようで気に入らない。結婚がなんだ。結婚してれば偉いのか?  気に入らない。気に入らない。何が気に入らないかって、こんな風に振り回されてしまっている自分が一番気に入らない。 「気持ち……悪い」 「あの、嫌だったら無理にとは言わないですが、よかったら僕のホテルに来ますか」 「ホテル、取ってるんですか」  その人は大袈裟に慌ててみせた。 「変な風に捉えないでくださいよ。よくするんです。仕事が遅い時とか。ちょっと家が遠いので」 「そうなんですか……あ、駄目だ。やっぱり気持ち悪い」  これは嘘だ。その人がホテルを取っていることじゃない。私が気持ち悪いという状況がだ。  快くベッドを貸してくれたその人に下心があるだろうことは、いくら鈍感な私でも察することができた。わかった上でその人を招き入れた。  私は久し振りに自分の中に女を感じることができた。  あの人はどんな気持ちで私を抱いたのだろう。下着を身につける私に息子の話をし出したあの人は、あの人なりに罪悪感を覚えていたのだろうか。 「息子さんがいるんですね」  もはや怒りは感じなかった。お幸せに。元彼が結婚したと聞いた時のようなモヤモヤに息が詰まりそうになったが、私は笑顔で部屋を出た。
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