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頭の中でイメージする。台所から持ち出した包丁はいつもよりも鈍い光を放っているだろう。人を刺す感覚は豚肉を切る感覚と似ているだろうか。
「いいわけないだろ!なんだよ。作品づくりだ仕事だって、同じ家にいるのに一緒にろくすっぽご飯も食べてない。先に距離を置いたのはお前だろ」
「違う!」
いや、違わない。もう一人の私が頷く。だってようやく軌道に乗り始めていたのだ。
「応援してくれるって言った」
「言ったよ?言ったけど俺は昔のお前の方が好きだった」
「は?なにそれ」
好きとかそうじゃないとか。その程度の関係だったの?私たちって。一気に熱を帯びた塊が足の裏から地面に吸い込まれていくのを感じた。
「だからいつまで経っても私たち結婚できなかったんだ」
私は脳内で包丁を二人が交わるには狭すぎるシングルベッドに思いっきり突き立てた。情けなくて笑けてくる。
「指切りしたの覚えてる?」
裸の女はいつのまにか部屋から姿を消していた。よくよく顔を見なかったが、私の方が絶対に可愛いに違いなかった。そうじゃなければやり切れない。ただ胸は女の方があったかもしれない。私は誰がどう見たって貧乳だからだ。
「指切り……?」
「うん。覚えてないならいいの。私もあなたも所詮はおままごとだったのよ。そして据え膳は残さず食べてしまう肉欲には逆らえないただの動物。セックスって気持ちいいものね」
そうだ、自分だって同じことをしたんじゃないか。結局は罪悪感よりも充足感を取った。同類だ。彼を責める資格は私にはない。
「言っている意味がわからないな。ただ俺たちはもう駄目だと思うんだ」
「そうね、おままごとにしてはよくやった方よ」
「決まりだな。終わりにしよう」
涙は出なかった。泣いたら負けだと思ったのもあるが、あまりにチープな出来事に感情が追いついていなかったのだ。
こうして私たちの6年という月日は一瞬にして白紙に帰すこととなった。
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