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「浮気をしたら正直に話すこと」
真剣な顔をして彼は言った。
「え、なんで?」
「だって浮気って互いに非があると思うんだ。だからちゃんと腹を割って話せば逆に愛は深まるんだよ」
「なにその理屈」
「俺はお前以上に好きになる人はいない。自信がある」
「私だって」
彼の汗ばんだ胸に私は甘えたように擦り寄った。彼の体温を感じる。同時に鼓動がトキメキへと変化した。
「お前が浮気しても絶対に手離さない。そいつから取り返してみせる」
力強く言い切る彼を羨望の眼差しで仰ぎ見た。この人についていけば大丈夫。二人でいれば苦労だって難なく乗り越えていける。
「じゃあ指切りしましょ」
私は小指をそっと彼の前に差し出した。
「懐かしいな」
彼の、私よりもしっかりとした小指がきつく絡まる。私は離すまいとその小指を握り返した。
「指切り拳万、嘘ついたら針千本のーます、指切った、ロウソク一本きーえた」
名残惜しそうに指が解けると、代わりに彼の舌が私の唇を割って入ってきた。愛されている実感が甘い痺れとなって全身を包みこむ。至福の時だった。
愛し合った後は手を繋いで横になるのが習慣となっていた。
呼吸を整えながら、「ね、ロウソク一本消えたって何?」と彼はキョトンと小首を傾げた。まるで少年に返ったような無垢な表情が面白くって、私は大袈裟に驚いてみせた。
「知らないの?死んだら御免ってことだよ。死なない限りは有効な約束」
「ロウソクって命のこと?怖いなぁ。あれ?でもロウソク一本って、隠れんぼする人この指とまれってやつじゃなかったっけ?」
「ん、そうだっけ?確かにあの歌にもロウソク一本って出てきた気がするけど」
「ごっちゃになっちゃったんじゃない?」
私と彼はどちらからともなく顔を見合わせるとくすりと笑った。
「じゃあ俺たちの指切りは死なない限りは有効ってことで。俺はお前とずっと一緒にいたいから隠し事をしない」
「私もしない。浮気をしたらちゃんと言う」
「浮気は前提なのか。それも怖いな」
「冗談だよ。浮気なんてするわけないじゃない」
再び熱い視線が交差する。涙が出そうなほど幸せだった。
「これからもよろしくな」
「よろしくお願いします」
段ボールが積まれた狭い部屋で、産まれたばかりの姿の私たちは、どこまでも果てしないほどに笑顔だった。
安らかな日々を夢見たのは、二人での新生活が始まった日のことだ。
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