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地域を上げて行われる賑やかなお祭りの中、神様のお引越しは粛々と行われた。空っぽになった彼女は何を思っているのか。その横顔からは感じ取ることはできなかった。
「行きましょ」
無事に神様のお移りを見届けると、彼女は明るい声で言った。僕は誰の目にも見えていない彼女と出店を見て回り、たこ焼きを食べ、金魚釣りをして、十数年振りになるお祭りを童心に帰って満喫した。
「誰かと一緒にお祭りを過ごすってこんなにも楽しいことだったのね。知らなかったわ」
綺麗な月が出ていた。でも月夜に照らされた彼女はそれ以上にもっともっと美しかった。
彼女は明日にはお祓いをして人知れず解体される。まだこんなにも美しいのに。
「駄目だ。やっぱり受け入れられない」
僕のひとことに彼女は困ったように笑った。
「わたしは恵まれているのね。世の中には誰の心にも残らず消えていくものがたくさんあるのに、こんなにも想ってくれる人がいるなんて。ここに、この場所に生まれることができてよかった」
「なんで君が消えないといけないんだ」
「これは宿命よ。誰しも寿命があるように、わたしにはそういう宿命が与えられたの」
「でも……ッ」
「あなたが忘れない内はすぐそばにいる。そういうものよ」
有無を言わせない彼女の強い瞳は、月の光を受けると優しく揺れた。そうだ、いちばん悲しいのは彼女自身なのだ。本来なら寿命までここでお社として生きることができたのに、人間の勝手な都合で取り壊される。
「ごめん」
僕は最低な人間の代表として謝った。それを彼女はよくできましたと言わんばかりに大きく頷いて受け止めると、立ち上がって伸びをした。
「お社も肩凝ったり腰が痛くなったりするんだ?」
素朴な疑問だったが、彼女はビックリしたように僕を見ると同時に吹き出した。
「ほんとね。変なの。長年人間を観察していたからかな。こういう時にはこうするもんだってすり込まれているのね」
それを聞いて僕も思わず笑ってしまった。一度笑い出すとそれは悲しみを紛らわすための笑いになって、僕は涙を滲ませながら、彼女の姿が消えるまで懸命に笑い続けた。
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