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「お別れ?」
「はい」
お社の移転が決まったのは一週間前のことだった。今まで管理をしていた人が亡くなったのが理由だった。小さなお社だったこともあり、この辺りを管理している大きな神社に神様が移されることになったのだという。
ちょっと馴れ馴れしいかとも思ったが、僕は雨に濡れ光っているすっかり真新しさの抜けた屋根に触れてみたくなって、そっと庇に手を伸ばした。指先が水の上を滑る。すると彼女はくすぐったそうに首をすくめた。
「あ、ごめん」
慌てて手を引っ込める。思ったよりも庇の板はしっかりしていた。
「君を助ける方法はないの?」
彼女と会って話をしたのは今日で二回目だ。たったの二回。だがおそらく彼女は実家の玄関から出てくる僕を、毎日毎日、晴れの日も雨の日も見守っていてくれたに違いなかった。
だから後一年で彼女がいなくなってしまうのだと知った瞬間、僕の中の偽善心やエゴの塊がフル稼働してそんな言葉が口をついた。
しかし彼女は多分そんなことは全てお見通しで、怒るでも呆れるでもなく静かに首を横に振った。
「そっか……じゃあさ、約束。遅くなっちゃったけど、来年のお祭り一緒に行かない?」
そう口にしたものの、お社の化身である彼女とお祭りに行くということが可能なのかなんて自分にもわからなかった。ただ夢にまで出てきたこの約束だけはどうしても果たした方がいいのではないかと思ったのだ。
今まで忘れていたくせに調子のいいことを言っている自覚はある。その上、勝手だが彼女もそれを望んでいるような気がしていた。
だがその判断が間違っていなかったということは、彼女の「ありがとう」というひとことを聴いた者ならば皆納得してくれただろうと思う。
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