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神様のお引越しが来月に迫っていた。誰のためにあるのかわからないような公園の掲示板にも、お祭りのポスターが貼られている。
考えないようにしていた様々なことが、別れ際一気に押し寄せてきて、僕の目頭は熱くなった。
「やっぱり僕がこれからもこのお社を守るよ。今まで世話をしてくれていた人の跡を継ぐ」
口にするとぐっと重みが増した。この一年ずっと悩んでいたことだったが、あまりに現実的じゃなくて、考えては諦めてを何度となく繰り返していたのだった。
もちろん彼女もそんなことはお見通しで、だからこそ静かに微笑んでそっと首を横に振った。
「わたしのことを知っていてくれている人がいる。それだけで幸せなの。あなたと再会してからのこの一年、本当に楽しかった。ありがとう。思い出してくれて」
「いや、待ってよ……だって……受け入れられない。来月にはいなくなるなんて。もう会えないなんて」
「優しいのね。だからあなたにはわたしが見えたのね。でもただ消えるわけじゃない。わたしは確かにここにいたの。土になり空気になる。この土地で暮らす人々の想い出になる」
強く握った拳に彼女の白い手が重なった。
「忘れない。忘れるわけない……この時間を、君のことを」
彼女のキラキラと輝く瞳を真っ直ぐに見つめた。息をすることを忘れて苦しくなる。それくらい彼女の瞳は深く、吸い込まれそうなほど澄んでいた。
「僕は君を……っ」
言葉にしてはいけない想いを直前で飲み込む。
「……くそッ!」
彼女の瞳に吸い込まれないように固く目を閉じて、僕は彼女の唇に自分の唇を重ねた。まるで童貞のような必死な行為だったが、実態のない彼女の唇はーー当然何の味もしなかった。
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