第三章 糾弾

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 普段はサックスを吹いている彼が、その時はピアノを弾いたが、その豊かな音色、繰り出されるアドリブに心底感銘を受け、演奏後に挨拶をしに行ったのだ。  川崎の賛辞に対し、陽気に礼を言ったリアムが、川崎が名前と、自分もジャズピアニストであることを語った瞬間、様子がおかしくなった。  急に用事を思い出したとリアムが挨拶もそこそこに、控室に引っ込んでしまったのだ。  何か失礼なことを言ったのだろうかと考えたが、思い当たらず、そのままライブハウスを後にするしかなかった。  そのことを思い出し、不安が胸をよぎったが、杉本はどうやら川崎を気に入ってくれたようで、出演料は微々たるものでよければこの場で決めると言われ、一もに二もなく頷いた。  杉本から差し出された契約書にサインをすると、絶対に守ってくれと言われたことある。  何でも、リアムは陽気なようで、なかなか気難しいから、当日は彼の指示に従うようにと念を押されたのだ。そんなことなら問題ないと了承した。  アドリブの寸劇は、伝説のジャズピアニストを探してふらりとジャズバーに入った男が、そこでそのピアニストに出会い、意気投合して演奏をするというものだ。  演技をしたことのない川崎の行動を補うために、客席に向けて字幕が出るので、セリフも必要ないらしい。  今夜は久々に、ジャズピアニストとして大きな舞台で思う存分演奏できる。  期待に胸を躍らせて、川崎は軽い足取りで駅までの道を歩いていった。     
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