エピローグ 切り落とされた幕

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 だが、作り事の世界だからこそ、許される出来事が、星歌の周囲を襲って引っかき回した時、星歌は平穏な日常が、どんなにかけがえのないものかを思い知った。  あの時、家族の平穏を取り戻すために戦うと誓った。  その戦いを視野に入れたこの前戦で、どれだけ観客を魅了し味方につけるかが、ラストステージの効果を高めるのだ。  星歌は一世一代の女優になろうと思った。  例え舞台の端で横向きに座り、ほとんどピアノの前に座っているだけの端役でも、思いが強ければ、きっと観客に届くだろう。  星歌はピアノを弾きながら、前列の客席から順に、暗さで顔が見えない後列へと誘うような視線を這わせ、音に任せて身体の五感を解放した。  客席へ投げる伏し目がちな視線は、まるで流し目を送っているように妖艶で、星歌の優しく語りかけるような歌声は、観客を甘い陶酔に(いざな)った。  舞台の幕が下りた時、大きな拍手に包まれて、星歌は仲間たちと抱き合い興奮と喜びを分かち合った。  「星歌、くねくねができてて、色っぽかったよ」  舞台裏で由美が囁いた言葉に、メンバーが声を殺して笑った。  明るくなった場内では、あの歌手が誰であるかを確かめようと、観客たちが一様にパンフレットを捲る音がガサゴソ響き、探り当てた名前に小さく大きくあちこちから「佐野って…あの噂の…」というどよめきが起こった。     
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