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いつの間にかピアノは止み、緞帳が上がりきると、そこには雰囲気のある照明を落としたピアノバーが現れた。
客席に向かって舞台下手に設えたバーカウンターの中では、長身で色の浅黒いハンサムなマスターが、舞台に背中を向けてスツールに座るボブカットの女性と話をしている。
川崎がその前を通り過ぎ、上座に置かれたピアノに引き寄せられるように近づいて、ポロンと指で鍵盤を叩くと、マスターと女性客の話が止み、マスターが川崎にどうぞと演奏を促した。
川崎はマスターの顔を見てニンマリと笑い、ここぞとばかりに派手な演奏を始めた。
じっと耳を澄ませていたマスターが首を振ったが、背中を向けている川崎は気付かない。
マスターはカウンターを出て川崎の後ろに立った。
そして、川崎に覆いかぶさるような体制で両手を鍵盤に伸ばし、怯んだ川崎を笑顔でもって演奏を続けるよう勇気づけながら、音をかぶせた。
リードはいつの間にかリアムに取って代わった。囁き唆すような音色につられて、川崎の派手で力強い演奏が戸惑いながらついていく。
粘って、弾けて、予想もつかないアドリブ展開に誘われ、川崎も観客も、リアムの演奏に飲み込まれていった。
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