第二章 濡れ衣

2/48
102人が本棚に入れています
本棚に追加
/125ページ
 例えば、和風の部屋、書斎風の部屋、アラビアンからモダンスタイルまで、客は美しい庭園を眺めながら、好きな空間を占領し、ゆったりと過ごすことができる。  当然のことながら、ここに通う客はセレブであり、その相手をするウェイトレスは、落ち着いた濃紺の制服を着用し、研修で身に付けたマナーで給仕をスマートにこなして、客の満足度をあげることに専念する。  10時開店の準備に一段落した時、演劇サークルへ誘ってくれたパートの田中由美が話しかけてきた。 「そういえば、歌の体験レッスンどうだった?」 「うん、声の出し方を教えてもらって、上手くいったから、レッスン受けることにした」 「へぇ~そうなんだ。歌手の役だからセリフだけじゃいけないもんね」  すこしふっくらとした頬に蕩けそうな笑みが浮かぶと、由美の平凡な容姿は、星歌と同年代なのに、何もかも受け止めてくれそうな包容力のある母親や年上の女性を連想させる。  所作もおっとりしていることから、このカフェの和風やアラビアンの数部屋を担当していて、客の受けはすこぶるよい。  星歌も由美をお手本にしようとするのだが、線が細くて目を引く容姿からして、由美とはまるで雰囲気が違っている。  せめて所作だけでも真似ようとしても、色気も素気もない男のようなさっぱりとした性格は、ゆったりとした動作そのものをぎこちなく見せてしまう。     
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!