プロローグ ボイストレーニング

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 40歳くらいだろうか、背が高く、顔も甘めで、少し長めの髪をダークブラウンに染めている。  さすが自由業!サラリーマンなら有り得ない髪型だわ。  星歌は自分の夫を思い浮かべ、絵に描いたような真っ黒な髪と真面目な風貌を、目の前の川崎と比べてしまった。  川崎の後から出てきた女性が、切そろえた黒髪のボブを手で整えるように梳きながら、少し媚びるような声で来週の予定を確認する。 「先生、今日はたった1時間のレッスンでしたけど、来週はいつも通りですよね?」 「う~ん、来週も難しいな。最近口コミなのか、体験レッスンが増えてね。これからは規定通りのレッスンしかできないかな…」  一瞬戸惑い、もの言いたげな様子で川崎の顔を見る女性は、星歌より5、6歳ほど年上の36、7歳というところだろうか?  黒いフレームのスタイリッシュなメガネが似合う知的な感じの人だと星歌が思った時、それを打ち消すほどの底意地の悪い笑みを浮かべて、その女性は川崎と星歌を見比べ、吐き捨てるように言った。 「次のお相手はこの方かしら?せいぜいあなたも遊ばれないように気を付けることね」  侮蔑の笑みを消したその女性は、先生である川崎にレッスンのお礼も言わず、星歌の横を厳しい顔のまま無言で通り過ぎ、すりガラスの扉の向こうへと消えて行った。  何あの態度?生徒じゃなかったのかしら?ものすごく感じ悪い!それに次の相手ってどういうこと?  色々な疑問が沸き起こり、星歌はレッスンを取りやめて帰ろうかと一瞬考えたが、その矢先に川崎からソファーにかけるように促され、タイミングを逸して仕方なくソファーに腰掛けた。     
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