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金魚楼
その日は暑い夜だった。
仕事を終えた藤吾郎はふらりふらりと夜の町を歩いていた。
藤吾郎は簪作りの職人だ。
他人が一目見ただけではその男らしく厳つい容姿の藤吾郎が女人の為の繊細な簪を作るとは思いもしないだろう。だが中々腕の立つ職人で食べていくは困らない程度の生活は出来ていた。
今日は売りに出した全ての簪が言い値で売れたので大層機嫌がよかった。
こんないい気分だというのに大人しく帰るのは惜しい。どこかの店で酒でも引っ掛けて帰ろうか、などと思いながら足を進めた。
どちらにせよ藤吾郎は独り身だ。遅く帰っても誰にも何も言われない。
藤吾郎はどうにも女人というものに興味を持てない男だった。故にこの年になっても男一人で味気ない生活を送っているのだ。
生暖かい風に揺れる柳の木を見つめながら歩くと、近くの神社仏閣で祭をやっているらしくにぎやかな声が聞こえてきた。
普段なら人込みや騒がしい場を嫌う藤吾郎だったが今日は如何せん機嫌がよかったもので、たまにはこういうのもいいかと思った。
そして、楽しげなその雰囲気に誘われるように足を踏み出した。
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