金魚楼

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男の整った顔越しに見える道の先、先程まであった夜店が消えている。 まるで初めからそこに何も無かったかのように、忽然と。 「おめえは…」 藤吾郎は唇を震わせて問うた。 「人間なのか?」 「え?」 藤吾郎が問えば男は目を見開いて、やがて心底おかしいと言わんばかりに口に手を当てて笑い出した。 目尻の涙を拭うと藤吾郎の肩から手を離し、ゆらり、と一回転をする。 赤色の着流しの袖が揺れるように舞った。 「旦那には己が何に見えるんだい」 「…男…だな」 「ならそれでいいじゃあないか、己は旦那だけの男さ」 質問の答えにはなっていないが、ここで物の怪ですと言われても困る。 どちらにせよ考えてもわからないことだ。深く考えることはやめておこうと藤吾郎は話題を変えた。 「おめえ、名前は」 「名前はねえさな、旦那が決めておくれ」 藤吾郎はじっと男の姿を見つめた。 生憎いい名前を付けるせんす、などというものは無いが名付けないことには呼びようがない。 「…なら緋色、なんてどうだ」 「ヒイロ…うん、ヒイロか。いいねえ、気に入ったよ」 藤吾郎は金魚の男―――緋色を連れて暗い裏道から祭囃子の中へと戻って行った。
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