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何も言わないがおそらく舐めろということなのだろう。
しかし緋色の表情は裾分けというには余りにも艶のあるものだった。
「いや、俺ぁ…」
甘いものは苦手だと言おうとしたが、緋色の目が藤吾郎を見つめている。
「お食べよ、旦那」
切れ長の瞳を見ていると妙に頭がぼうっとして、藤吾郎は誘われるようにしておずおず飴を舐めた。
飴は胸焼けをしそうなほどに甘い味だった。
二人はそれから色々な夜店を巡り祭を遊び歩いた。
藤吾郎の心がこんなに満たされたのは一体いつ振りだろうか。緋色がいるだけで世の中がまるで違って見える。
そうして藤吾郎の住まいである町筈れの小屋に帰って来た頃にはすっかり夜も更けて、月がまあるく浮かび上がっていた。
「ここは殺風景だね…何だってこんな所に住んでいるんだい?」
「俺ぁ人の多いとこがきれえでね。独りもんの男の家なぞこんなもんよ。長屋じゃねえんだ、いいほうだぜ」
緋色は家の中を見渡しながら嫣然と微笑んだ。
「へえ、なら己は旦那を独り占めだ」
かっと藤吾郎の腹の奥が熱をもった。
それを勘付かれないように顔を伏せ荒く布団を敷いた。緋色にも寝床を用意してやらねばならない。
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