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女店主に綺麗な入れ物に水を汲めと言われたことを思い返しながら藤吾郎は箪笥の一番上の引き出しから漆箱を取り出した。藤吾郎の母親の形見だ。
「おめえ、これでいいか」
中に仕舞われた簪を取り出して空になった箱を見せると、緋色は頷いた。
緋色は畳の上に胡坐をかいた藤吾郎にそっと近寄り固い背中に手を添えた。
「へえ、簪を作っているのか」
緋色はちゃぶ台の上に投げ出された簪を見て感嘆の声をあげた。
「簪は知ってんのか」
藤五郎が聞けば緋色はああ、と答えた。
「主さまが女の時にたまに差していたからなあ」
女の時にとはどういう意味かと思ったが、そこを掘り下げるのはやめておいた。
あの夜店の店主が異形の者だということはとうにわかっている。
「可愛いなあ、この簪たちは作り手の心をようく映しているね」
「馬鹿を言うんじゃあねえや、俺のどこが可愛いってんだ」
緋色の手の中でくるくる弄ばれる簪たちを見ていると、藤吾郎は何だか気恥ずかしくなり全身がむず痒くなった。
「旦那は可愛いよ」
緋色はくすりと笑って簪のひとつに口付けた。
「ほら、簪相手にそんな妬いた目をして」
藤吾郎は顔を赤くして固まった。
そしてはたと我に返ると漆箱片手に緋色に背を向け、水瓶の柄杓を引っ掴んだ。
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