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「何してる」
藤吾郎は漆箱を床に置きながら声が裏返りそうなのを必死に抑えて問いかけた。
緋色は恥ずかしがりもせずに言った。
「何って、己は旦那とまだ遊びたいのさ」
「たわけたこと…」
「なあ、もう誤魔化すのはおよしよ」
しゅる、と緋色の着流しの帯が畳に滑り落ちた。
「旦那の気持ちはわかっているんだからさ」
鈍色の鋭い目を大きく見開いた藤吾郎に緋色は喉を鳴らして笑った。
「己は旦那の願いを叶えたくてあんたに掬われた」
「俺、は」
藤吾郎の喉は引き攣って何も言葉が出てこない。
いや、言葉に出すことを――それを理解してしまうことを無意識に押し込めているようだった。
緋色の挑発的に切れ長の目を細めた。
「なあ、男のもんが欲しくてたまらんのだろう」
藤吾郎の全身が火が着いたように熱くなる。しかし心の底は恐怖と絶望で凍り付いていた。
「やめろ…」
様子のおかしい藤吾郎に対し緋色は構うことなく続けた。
「あの簪を見ていたらわかるよ。女になりてえ、女にされてえっていう強い気持ちが…てっ」
「やめろ!」
気が付けば藤吾郎は緋色に向けて柄杓を投げつけていた。
その顔は青ざめて震えている。
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