金魚楼

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ちち、と鳥の囀る音に藤吾郎は目を覚ました。 頭を動かせば格子窓から朝日が差し込んでいる。 寝ぼけ眼で手を伸ばし、ふと、気がついた。 隣で横になっていたはずの緋色がいない。 脱ぎ捨てたはずの赤い着物も帯も全てがこつぜんと消えている。 「緋色…?」 藤吾郎はゆっくり体を起こして、自分の着物が乱れていないことに気がついた。 何故だ。昨晩はあんなに――。 ざわざわと胸騒ぎが波のように押し寄せる。 心音が速くなり、はっはっと犬のような浅い呼吸を繰り返した。 あれは夢だったのだろうか。男に捨てられた寂しさと孤独感で自分自身が創り出した願望だったのだろうか。 藤吾郎の脳裏に嫌な記憶が蘇った。 前の男は消えてしまった。自分は置き去りだった。 朝になり、夢は覚めて、緋色もどこかに消えてしまったのだろうか。 「緋色っ!」 藤吾郎は布団を跳ね除け飛び起きた。 嫌だ。独りは嫌だ。 「どこだ緋色!」 起き上がっても緋色の姿は見えなかった。 外の鳥も羽ばたいて逃げ出しそうな程の大声を響かせ藤吾郎は頭を抱えた。 嫌だ、嫌だ、置いていくな。緋色、お前まで。     
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