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聞こえたのは鈴を転がしたような可愛らしい声。そこに居たのはもはや金魚ではなく、人間の娘が膝をついて蹲っていた。
艶やかな長い髪が肩をさらりと流れ落ち、金魚だった娘が顔を上げ悠然と立ち上がった。
「ひどいわ、主さま。ご飯かと思っちゃった」
「そりゃあ悪かったな」
陶器の様に白いなめらかな肌、透き通った瞳、桃色の唇、白地に赤が差し込まれた着物の妙齢の娘。
その佇まいはまるで芸術品かと見紛うほどの器量だ。
藤吾郎は息を飲み後ずさった。
「なんだ、これは…」
「わかったかい、旦那。これがうちの願いを叶える金魚だよ」
もはや藤吾郎の中にはこの店を訝しむ気持ちはなく、ただ薄気味悪さだけを感じていた。
こんなことは有りえない。この店も女も魚もきっと物の怪かあやかしの類だ。
恐ろしいことになる前に戻ろう、藤吾郎はそう思ったが何故だか足が動かなかった。
理由は恐怖か、それとも。
「興味が湧いてきたかい」
女が藤吾郎の心を見透かしたように笑った。
煙管の煙を吐いてから小さな網を取り出して呆然とした顔の藤吾郎に見せる。
「先払いにしてぼったくりゃしないよ、一度すくってみて…好みじゃなけりゃあ水に戻せばいい」
こんな風にな、と女は今しがたすくったばかりの娘に木桶の水をかけた。
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