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赤、白、黒。様々な色が木桶の中で泳いでいる。
藤吾郎は泳ぎ回るそれらを見つめながら、おっかなびっくり水に網を差し込んだ。
波紋が広がり金魚の色がちかちかと逃げて散らばる。
「こういうのは直感だ」
女店主の声が聞こえ藤吾郎は目を動かしながら金魚を追った。
ふと、一匹。真っ赤な金魚が逃げもせずに網に寄って来た。
ゆらゆら透き通った赤い尾びれを揺らし、舞うように回り藤吾郎を誘う。
ああ、こいつにしよう。藤吾郎は武骨な手で出来るだけ優しくその金魚を掬い上げた。
「これは…」
「そのまま地面に置いてくれて構わんよ」
女の言う通りに藤吾郎は網を地面におろした。
すると先程と同じように金魚がひと跳ねふた跳ねもするうちに姿形が変わり、人間へと変化した。
地面からむくりと起き上がったその金魚に藤吾郎の目は釘付けになった。
「ふう…」
心地いい低い声。すらりとした長身。涼し気な切れ長の瞳。
目も覚めるような赤い着流しを纏った男がそこには立っていた。
男はくるりと藤吾郎へ顔を向けると目を細め、蕩けるような甘い笑みを浮かべた。
「やあ、粋な旦那」
ずきんと藤吾郎の心の臓が高鳴った。
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