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男は乱れた黒髪を骨ばった長い指で直しながら女店主に目を向けた。
「さて、己(おれ)はどうなるんだい、主さま」
「そこな旦那が決めることさ、お前のようなでかい雄はお呼びでないかもしれんしな」
男は藤吾郎に再び顔を向けて、先程とは打って変わって形の良い眉を悲しげに下げた。
藤吾郎の日に焼けた浅黒い手を、男の美しい手が包み込む。
それだけで藤吾郎は全身の血を熱く滾らせた。
「旦那、己はいらないのか?」
「あ…いや…」
じっと男の黒い瞳が藤吾郎を射貫いた。
水揚げ三年、身請け十五年。女の言った言葉が頭の中に戻ってくる。
己の寿命の年数を払えばこの男を自分だけのものに出来る。
藤吾郎は半ば心ここに在らずといった様子で女に言った。
「…身請けだ…。十五年払う」
女はにんまりと満足気な笑みを浮かべて煙管を吸った。
「まいどあり」
女の薄い唇から噴き出された煙が、まるで生きているかのように動き藤吾郎の体格のいい体を包んでいく。
藤吾郎は自分の体から何かが抜き取られていく感覚に身震いした。
煙が晴れた時には妙に体が気だるく感じた。
「さあこれでそいつは旦那のもんだ、好きに可愛がっておくんな。煮るのも焼くのもあんた次第さ」
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