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「煮たり焼かれるのは嫌だなあ、食用じゃないんだよ?」
女の物騒な発言にも全く怖がる素振りなど見せずに男は笑った。
いい声だ。漏れ出るような色気の二枚目だがどこか品がある。
町に繰り出せばどんな女でもしなだれかかってくるに違いない。
そんな男が十五年を代償に自分のもの。安いものだ。
「飼い方だがね」
女は木桶に格子をはめ直しながら言った。
「池や川に放したりなんぞはしないでおくれよ。こいつら外では生きていけねえ、すぐ死んじまう」
「その木桶みたいなもので飼えばいいのか?」
藤吾郎が聞けば女はいやあと首を振った。
「こいつらは綺麗なもんが好きだからなるだけ綺麗な器に入れておくんな、陶器とか漆箱とかな。そこん中に井戸の水でも張って飼ってやりゃいいさ」
「飯とかは…」
「与えても与えなくとも。ただ水ん中に旦那の血か涙を必ずひとしずく混ぜ込む。いいかい必ずだよ」
それを忘れるな、と念押しに付け加えて女は藤吾郎に手を振った。
「十五年分、楽しんどくれ」
藤吾郎は何も言わず踵を返して夜店を後にした。
背後からはあの男が付いてくる気配がする。
「旦那、歩くのがはやいよ」
肩を掴まれ振り返る。藤吾郎ははっと息を呑んだ。
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