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「主要な魔物だけでこのありさまよ……。彼らの配下にない、洞窟や塔の主、峠や湖に巣食う魔物なども、台詞を考えたり、その受け持ちに見合う補助の魔物を送るなど、仕事が山積みだった」
勇者の表情はすでに暗い。
「台詞を考えたら長いだの短いだの、暗黒将から『それでは魔王様の台詞となってしまいます』と言われたり……。補助の魔物を送ったら、弱いと思っているのかと居室に踏み込まれ……。送らなければ、魔王のやる気を疑われる」
「わかった、もうたくさんだ!」
勇者が叫んだ。
「勇者よ……、共に行くか?」
魔王がやさしく言った。
勇者はその言葉にうなずくと、武器と防具を外し、道具袋ごとその場に捨てた。
魔王はゆっくりと勇者のもとまで歩いていった。
勇者が両手を伸ばすと、魔王が両手でその手を握った。
「勇者も魔王もやったが……、どちらも本当にダメだ……」
先代勇者であり、魔王でもあった、元は『出発の城』の王女が言う。
勇者は、かつては姫勇者と呼ばれていた者の手をそっと離した。
「俺から先に言うべきだった」
勇者はしゃがみこむと、捨てた道具袋から幼馴染で許嫁の姿が描かれたタイルを出した。
立ち上がった勇者は、そのタイルを床に叩きつけて割り砕いた。
「この娘との婚約は、勇者の旅を円滑にするため、王城から押しつけられたものだ。早くに親を亡くし、その娘の親に育ててもらった俺にとっては、共に育った妹としか思っていない娘だ」
「だが、その娘の方は……」
魔王が言いかけた言葉を、勇者がさえぎる。
「この娘は、同じ村に住む木こりの息子と恋仲だった。村に住む同年代の子供は、俺とこの娘と木こりの息子の三人だけ。俺は勇者になったことで、あの二人とその親からも憎まれてしまった……」
勇者はさびしげにほほ笑んだ。
「俺は勇者だというのに、魔王を倒したところで、帰るべき土地さえない」
「そうであったか……」
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