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――最初に見えたのは、白い薄布だった。薄布には、魔物のシルエットが黒く浮かんでいる。
「驚いたであろう……」
重々しい声が響いた。
「えっ、あっ、まあ……」
勇者は相槌を打った。
「この薄布、余の趣味ではないことを先に言っておく……」
「はっ? えっ?」
勇者のもらす戸惑いに満ちた声に、魔物がため息を返す。
「このようななものを用いること、最近はあまり見かけないであろう……。余もどうかと思っておるが、せっせと用意してくれた魔王軍の者にそれ言うのもどうかと思ってな……。言う相手を欲していたのだ」
「へっ……!?」
魔物のシルエットが動く。どうやら目を覆ったようだ。
「勇者よ、そなたも、いつの時代の魔王かと思うだろう……」
「えと、あの、あまり見ませんが、逆にそれが新しいかと……?」
魔物が大きく息を吐き、苦し気にうめいた。
「そなたも勇者。強くやさしく、人の心を癒す者だ……。だが逆に、そのやさしさが今の余には痛い……」
「光のパワー……?」
勇者がつぶやく。
「慰められ気まずいのだ! そのやさしさが逆に……!」
「あぁ……」
勇者は納得したという声をもらした。
「お前は……。先代勇者にして現魔王……か?」
「名乗ってさえいなかったか……。勢い込んでしまったな。失礼した。余が魔王である」
心から申し訳なさそうな声だった。
「魔王よ、今こそ、この勇者が問おう! どのようであるならば、納得の魔王の居室なのだ!?」
勇者が声を張り上げた。威勢こそ勇者らしいが、内容は魔王城のインテリアだ。
「とりあえず、この布はなかろう……」
魔王の返答を聞き、勇者はうなずいた。
勇者が両手を前に突き出した。
低い声が魔王の居室に響く。
次の瞬間、勇者の両手からは極大の炎が渦を巻きながら吹き出し、魔王の前にある薄布を焼き払った。
「魔王よ! これでどうだ!」
勇者の目の前にさらされた魔王が、たくさんの髑髏で飾られた玉座から立ち上がった。床まで届く漆黒の魔王のローブが、勇者を威圧するようにゆらゆらと蠢く。
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