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「余はもう嫌になったのだ! なにもかもが嫌だ!」
勇者は舌打ちをすると、「嫌なのはこっちもだ!」と怒鳴り返した。
勇者は道具袋から一枚のタイルを出した。そこには、愛らしい少女の姿が描かれている。
勇者はそのタイルの絵を魔王に向かって見せつけた。
「これは先代勇者の破廉恥を受け、俺の勇者の証のタイルに描かれることになった、幼馴染にして許嫁の姿絵だ」
「ほう……。故郷に恋人がおりながら、ハーレムパーティーで旅をするとは……。モテない村人らに暗殺されてもおかしくない所業」
勇者はタイルを道具袋にしまうと、腰から『古からの勇者の剣』を引き抜いた。
「俺以外の者が持ち歩いていたタイルには、なにが描かれていたと思う!?」
「なぬ……?」
「てちてちプチネズミだ! 武器屋の娘はレアカラーの焼き菓子色、尼戦士は純白、魔女巫女は『みんな大好き基本の木の幹色』だそうだ」
てちてちプチネズミとは、人に害をなさない非常に小さなモンスターだ。飼い慣らすと、名を呼べば寄ってきて、手を差し出すと乗ってくる。愛らしさで人気の愛玩モンスターだった。
「あの女人らは、俺のような恋人のいる田舎者に興味はない! てちてちプチネズミの話さえしていれば幸せなのだ! 魔王を倒すことにすら興味はない! 魔王がてちてちしていないからだ!」
ちなみに、勇者の出身地は『出発の城』やその城下町ではなく、『出発の城』の近くの山奥にある『発祥の地』という村だった。
「俺はプチのつかない『てちてちネズミ』とすら暮らしたことがない。それどころか、どちらも見たことすらない。それでもこちらから、てちてちプチネズミの話を聞いてみたりなどしたこともあった。これでも女人らの輪に入ろうと努力してみたこともあったのだ……」
勇者はため息をつくと、頭を大きくふった。
「それはまた……、困ったことであるな」
魔王が困惑しながら共感を示した。
「魔王、いや、先代勇者よ、貴様にもいろいろあったのだろう。今の俺ならばわかる」
「わかってくれるか……」
魔王の声に涙が混じった。
魔王の両手から暗黒の炎が消える。
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