11人が本棚に入れています
本棚に追加
何をもって好きだと言うのか全くわからないが、好きであるということは子供の頃から言われ続けた言葉だった。
そして賢一も、子供の頃から言い続ける言葉を、父へ投げかける。
「ふーん、俺も親父のこと好きだし」
父に偽りなく愛されていることがはっきりわかる。
自分も確実に父を愛している。
一般的には当たり前の感情だが、賢一の中では最も異質で、揺らぐことのない感情だった。
「そのさぁ、俺のことだけ素直に好きだとか言うのは何なの? 他の人にもそうして欲しいんだけど」
バックミラーに父が微笑む目が見える。
「こっちが聞きたい。他のヤツには、ちょっとできねーな」
賢一は思い返す。
妃に好きであると、何故素直に言わなかったか。
自分は妃を愛していたつもりだった。
しかし妃からの愛情は、わずかにあったとしても全く感じていなかった。
仮に素直に好きだと言っても、自分が父に返したような言葉は返って来ないとわかり切っていた。
そんな人間を本当に愛していたのだろうか。
妃の言う通り、利害が一致して執着していただけだと思いたかった。
アパートの駐車場に到着する。
シートベルトを外した父が、賢一を振り向いた。
「でもね、賢一のそういうワケのわからないところ、可愛いと思うよ」
「可愛いってなんだよ、おかしくね?」
悪態を吐いて、車を降りる。
最初のコメントを投稿しよう!