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「こ…」 これ、まさか先輩じゃないですよね?冗談めかしてそう言おうとするが声が出ない。 まじでやっちゃったんですか?先輩! いやー、私でもやってますよ!さすが先輩! 口はその台詞を発するための形を作るが、息が出ない。 目は包丁から離すことができない。 先輩がテレビを見ながら口を開いた。「これ…」 何を言うのか?全神経を注ぐ。目は包丁に、耳は先輩の言葉に。 「やっちゃったんだ」そう言った先輩の声は少し震えていた。 やっちゃった…? 私は、目を見開いて、ゆっくりと腰を落とす。 先輩がこちらを見て「ん…?」と声を発した。そしてこちらへ一歩踏み出す。 私は一歩下がる。 先輩は私の目線を追う。共にその手の中の包丁を見た。 「杉山…」再び私を見て先輩が言った。 背中をじっとりと汗が伝う。 「え?」 「え?」 私達は、お互いに見合わせて、すっとんきょうな声を上げた。 それから彼女はテレビを見て、私を見て、自分が持っている包丁を見た。 先輩は私を見ながら無言でテレビを指差して、次に自分を差し、最後に包丁を差した。 (これを)(私が)(これで?) 私はゆっくりとうなずいた。 先輩の目が見開かれ、次の瞬間。 「ぶっ!」と吹きだした。 「私が、あいつをやったって?」先輩は爆笑して言う。「あはははは!私が!」 「だって、だって先輩!」 私は先輩に、もう泣き出しそうな声で言うが、なおも彼女は笑い続けている。 ようやく笑いを止めた先輩が口を開いた。 「はー…。杉山、私が刺したりしそうな奴に見えたってこと?」先輩がこちらをにらみながら言った。 「だってー…、ほんとに、怖かったんですよぉー!」 私は緊張から解き放たれ、泣き出してしまった。 「あー、悪かった!悪かったよ!」そう言う先輩の目の端にも涙が浮かんでいた。 私をなぐさめようと先輩がテーブルを回り込んで寄ってくる。 「先輩、ひとまず…」 「ん?」 「包丁置いてください」
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