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3.花のあなた
全身に鬱陶しくまとわりつく湿気が、少しずつ減ってきたように感じる。
ということは、次は絶え間なく注がれる日差しやベタベタとにじむ汗と戦わなくてはいけないのかと思うと、ため息がもれる。
それでも今日は、久しぶりの晴れ間に私の気分も上々だ。
灰色の分厚い雲からのぞく青と、洗濯物をベランダに干せることが嬉しかった。
大輔と一緒にここで暮らし始めてから、一年が過ぎた。
お互いの職場からほぼ同じ距離にあるこの部屋を見つけられて、本当によかったと思う。
おかげで、今までの生活が劇的に変わったと言っていい。
体にも心にも余裕が生まれれば、こんなに毎日が楽しいんだと知った。
今日はいつもより早く仕事に行くという大輔を見送ってから、私も朝食を済ませた。
キッチンの後片付けをしている間、無意識に鼻歌を歌っているあたり、心が元気な証拠だろう。
連勤が続いていたから、体の方は自分でもわかるくらい疲れが溜まっているけれど。
それも、今日一日でなんとかなりそうな気がしていた。
洗い物は終わったから、次は洗濯機を回そう。
タイトルの思い出せないメロディーを口ずさみながら、洗面所へ直行した。
一回目に洗濯する衣類を選別するため、かごから次々に洗濯機に入れるか二回目の山にのせるかを繰り返す。
このときすでに何か違うと感じてはいたけれど、それが決定的となったのが、大輔のワイシャツを手にしたときだった。
フワッと、なんだか華やかな匂いが香ってきた。
鼻の奥まで吸い込んだ匂いは、柔軟剤とは違う。
しかしその匂いに、私は心当たりがあった。
それは前に友達と出かけたデパートの化粧品売り場でかいだ、今人気だという香水。
さして興味はなかったから、名前までは覚えていないけれど。
フローラルかつフルーティーな清涼感も感じられる香りが、この部屋いっぱいに満ちていく気がして、それは次第に重くのしかかってくるようだった。
ジワジワと戸惑いが焦りに変化していく。
これが私のつけている香水なら何ら問題はなかった。
でも私は今までそういうものとは全く無縁の人生を送ってきたし、私が知る限りでは大輔がそれを持っているところだって見たことがない。
もちろん、彼からそんな洒落た香りがしたことだって一度もない。
じゃあどうして・・・と、疑問ばかりが浮かんでは渦を巻く。
いくら無縁の人生だったといっても、ただ近くにいたというだけでこんなに匂いが移るはずがないことは、私にもわかる。
密閉された狭い空間で、シャツに匂いが移ってしまうくらい長時間、この香水をつけた女性と一緒にいたということだろうか。
果たして、日常を過ごしていてそんな場面に出くわすことがあるのか。
思い当たるような話を、大輔から聞いた記憶はない。
それとも私には話せない、隠さなくてはいけない理由があって、黙ったままでいるのか。
そんな理由があるんだとしたら、一体どんなものだろう。
浮かんできたのは、知らない女性と抱き合う大輔の姿だった。
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