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「まさか・・・まさかね」
思った以上に乾いた笑いがこぼれた。
このままではずっと私の脳内に居座り続けてしまいそうな大輔を、追い出すように頭を振った。
確か昨日は、他の部署の偉い方々も参加する食事会と聞いていた。
結構な大所帯だったらしく、お店もかなり高級な良いところに連れて行ってもらえたらしい。
最初こそ大人な雰囲気が漂う上品さがあったものの、お酒が回り出せば普段行くような居酒屋と大して変わらなかった、と帰ってきてから大輔が話していた。
その中にきっと、この香りをまとった女性がいたんだろう。
たまに出くわす、つけ方を間違えているのではないかと思ってしまうほど、全身に浴びたように香りに覆われた人が。
その会場にもいたのではないだろうか。
その人とたまたまぶつかってしまったとか、転びそうになったところを助けたとか。
きっとそんな、わざわざ話す必要もないようなことがあったのかもしれない。
なんて、他の誰かの存在を考えてばかりいたけれど。
ふと、大輔がこの香水を気に入って自分でつけ始めた可能性が思い浮かぶ。
しかしそれは、今まで考えた中で一番可能性の低い話だった。
付き合ってまだ間もない頃に、香水は苦手だと、大輔が言っていたことを思い出したのだ。
唯が香水をつける人じゃなくて良かったと、笑っていた。
短時間でいろんなことをいっぺんに考えすぎたせいで、なんだか頭がボーッとしてきた。
思考がそろそろ止まるだろうかというときに、ふいに口ずさんでいた曲のタイトルを思い出した。
その曲が、好きな彼と電話で話している間、実は彼の隣に自分よりも小さくてかわいい、甘いバニラの匂いのする女の子がいた、という内容の歌詞だったことも。
思わず握りしめてしまっていたシャツを急いで洗濯機へと放り込む。
早くこの匂いを忘れたくて、いつもより多めに洗剤を入れたのは決して無意識ではない。
誰に届くかもわからない、精一杯の願いと祈りを込めながら、私は洗濯機のスタートボタンを押した。
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