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まさか部屋に入れてもらえるとは思っていなかったのか、彼は目を丸くしていたけれど、やがて優しく私に問いかけた。
「何があったの?」
私の胸はまた苦しくなる。
あれだけ泣いたあとでもうごまかせるはずがないのに、それでも否定の言葉が口をついて出た。
「・・・何もない」
「唯さんは、前より嘘つくの下手になった?あの時は、全部内緒にしていなくなったのに。俺、全然気付かなかったよ」
彼は悲しみに少し悔しさを滲ませた表情をしていて、私は息が詰まるようだった。
こんな顔をさせたかったわけではない。
笑顔を奪いたくなくて離れる覚悟をしたのに。
本当にもう会わないつもりなら、もっと遠くへ行けたはずだった。
偶然の再会なんて起こらないような、もっと遠くへ。
でもそれが出来なかった自分の甘さに、今更ながら腹が立った。
「いや、違う。俺は自分のことに精一杯で、唯さんのこと何もわかってなかった。ごめん」
今度は彼の方が、その瞳いっぱいに涙を浮かべている。
謝られる理由が、私にはわからなかった。
自分勝手なことをしたのは、私の方なのに。
謝らなくてはいけないのは、私だ。
何から話したらいいのかわからなくて、でも何か言わなくてはと口を開きかけたと同時に、彼は力一杯私を抱きしめ声を震わせながら呟いた。
「唯さん、会いたかった」
そんなことを言われたら、つい考えてしまう。
あの時の私の選択は間違っていたのかもしれない。
勘違いしてしまうではないか。
この腕の心地よさを、私は知っている。
どんなに悩んでいても、苦しくても、この腕に抱かれてしまえばすぐに忘れられた。
これが何の解決にもならないことはわかっているけれど、この腕から逃れる余力が私には残っていなかった。
自然と彼の背中へ自分の腕を回すと、それに応えるようにまた力を込めて抱きしめられる。
まるで、もう離さないと言われているようだった。
止まっていたはずの涙が、また静かに流れ出す。
でもそれは悲しみや苦しみに溢れたものではなくて、喜びの涙だった。
また会えて嬉しい。
名前を呼んでもらえて嬉しい。
触れてもらえて嬉しい。
これがあってはならない感情だということも、わかっている。
きっと一生忘れられない人は、大切な人の弟でした。
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