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2.空のきみ
運命というのは、どれくらい存在しているものなのだろう。
そうそうあることではないのはわかっているから、そんなものを意識して今まで生きてきたことはなかった。
しかし今思えば、あの日が僕にとっての運命の日だったのかもしれない。
あの夜出会った彼女とは、しばらく公園で一緒に過ごした。
といっても、彼女はずっと月を見上げていて、僕はそんな彼女を見つめているだけの時間だったけれど。
しばらくして、彼女はおもむろに立ち上がって歩き出した。
送ります、と半ば条件反射で出た言葉に、彼女は首だけを横に振って公園を出て行った。
あれから二年が経っているというのに、涙が流れるあの横顔と月明かりの中消えていく背中を、いつまでも忘れられずにいた。
きっともう二度と会うことはないんだろうな、と遠ざかっていく背中を見ながら思っていたけれど、今でも時折思い出す。
名前だけでも聞いておけばよかったと、僕は少しばかり後悔していた。
聞いたところでちゃんと答えてくれたかどうか、あの様子だと可能性は低かっただろうけれど。
そんなことを繰り返し考えているこの二年間があったから、運命だなんて、柄にもなく舞い上がってしまったのかもしれない。
今までの人生で一度も思ったことなんてなかったのに。
もう二度と会うことはないと思っていたのに、会えてしまったから。
仕事で出向いた応援要請のあった店舗に、彼女はいた。
一目見て、あの感覚が蘇ってきた。
胸を締め付けられ、どんどん鼓動が高まっていくあの夜のように。
「立花唯です。よろしくお願いします」
やっと知れた彼女の名前を、何度も心の中で反芻した。
よく見れば、長かった髪は肩にかかるくらいまで短くなっていたけれど、その声は変わらなかった。
浮き足立ちそうな心を必死で抑えて、ここには仕事で来ているんだと何度も自分に言い聞かせた。
一緒に働いた五日間は、驚きの連続だった。
それは、やっぱり人違いだったのではないかと思わず疑ってしまうほどに。
僕の知っている唯は、色を失ったみたいに表情が変わることはなかった。
けれど今目の前にいる彼女は、他の社員と楽しそうに話をしたり、接客態度もとても丁寧で、お客様と笑い合っている姿がとても印象的だった。
記憶の中の唯とはあまりにもかけ離れていて、驚くほかなかった。
でもその笑った顔にまた目を奪われ、あの夜のように、何も知らないままで終わってしまうのは嫌だな、と思うようになっていた。
きっともう会えないだろうと思っていたのに、会うことができた。
この縁を手放したくないと、その思いが僕をどこまでも強くしてくれる気がしていた。
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