2.空のきみ

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 一緒に住もうか、と切り出すタイミングを考え始めたのは、それから間もなくだった。 付き合い始めて一年と半年が過ぎ、休みが合わない分お互いの部屋で時間を過ごすことも多かった。 僕の部屋も唯の部屋も職場には近いけれど、それぞれの部屋を行き来するとなると、それなりに移動時間がかかった。 特に唯は、次の日が仕事でもよくご飯を作りに来てくれていた。 今日だって、少し残業をして帰ってきたためいつもより帰宅時間が遅くなったけれど。 外から見上げた僕の部屋には明かりがついていて、ドアを開けたら良い匂いが玄関にまで漂っていた。 「おかえりなさい、お疲れ様」 「ただいま。すごい良い匂いする、一気にお腹減った」 「今日は生姜焼きを作ってみたよ」 そう言った唯の顔を見たら、疲れていたはずの体はキビキビとスーツを脱いで、五分もかからずに食卓についていた。 生姜焼きの味を噛み締めながら、幸せも一緒に噛み締めていた。 一緒に住むということは、こんな幸せな時間がもっと多く長く続くということで。 まだ漠然と思っていただけで、詳しいことは何も考えていなかったけれど。 「一緒に住もうか」 気づけば特に気負うこともなく、その言葉だけが口から出ていた。 今日言うつもりはさらさらなかったはずなのに。 部屋の更新も控えていたし、お互いの条件に合うところを探して一緒に住むのが一番良い選択に思えて。 何より、唯と離れたくない気持ちが大きかった。 唯は目を丸くして、少し心配になるくらい目の前で固まっていた。 急すぎたかと思っていたところで、ゆっくりと顔を綻ばせて、 「うん」 このとき応えてくれた唯の顔は、僕の宝物になった。  新居探しは、案外時間がかからなかった。 立地条件はもちろんだが、お互いの希望が叶う部屋はなかなかないだろうと思っていたし、更新期限まではまだ時間もあったから、時間をかけて探すつもりでいた。 でも知り合いの不動産屋で頼んだ資料の中に、一つ良さそうな物件があった。 さっそく内見に行ってみると、資料で見るよりずっと綺麗な部屋で、その場で契約を決めた。 ここでこれからはじめる二人の生活に、僕は期待で胸が膨らんでいた。 それは唯も同じだったはずだ。 子供みたいにキラキラした瞳で、楽しそうに嬉しそうに笑っていたのだから。 じゃあどうしてこうなってしまったんだろう。 今でも時々考える。 人の外見だけでなく、気持ちの機微にまで聡い自分が憎い。 気付かないでいられれば、今でも幸せだと笑っていられただろうか。  部屋も無事に見つかったことだし、一応母に引っ越すことと彼女と一緒に住む予定でいることを報告すると、一度家に連れてきなさい、と返事が来た。 こうなるだろうと予想はしていたし、どのみち一緒に実家に来てもらいたいとは考えていたから、あまりプレッシャーにならないようにそれを唯に伝えたつもりだったけれど。 「そ、そうだよね。一緒に住むんだし、挨拶くらいしなきゃだよね」 それまでの雰囲気とは異なって、急に顔が強ばりだす。 「嫌だった?」 「そんなことない、けど。今から緊張してきた。変なことしないようにしないと」 グッと体に力が入って、気合いを入れるように拳を握っている姿がなんだかおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。 「大丈夫だよ。うちの母親、そんなに怖い人じゃないから。あんまり話す方でもないけど、唯と会えるのすごい楽しみにしてるみたいだからさ」 いつもの唯でいれば大丈夫、と伝えると、見てわかるくらい胸をなで下ろして、唯はふわりと笑った。
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