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弱弱しい声の、しかし意思のはっきりした言葉はすとんと胸の奥に落ちる。
彼は”私”を捨てるのだ。
唯一、彼を理解し、すべてを無条件に愛するはずの己の自己愛という”私”を。
けれど彼を愛すべきはずの自己愛ですら、彼を愛しきれなかった。
そこで始めて、頬に雫が伝う。
それは愛されない自分を嘆くものだったのか、それとも自分すら愛せない己に対してこぼれたものだったのか。
もう、その理由はわからない。
その愛は誰のために。
彼は自分すらも愛さない。
ただひとりに捧げた愛も、彼は捨てず、告げず、求めもしない。
ひたすらに愛し、愛しているという事実だけを胸に抱き続ける。
最早、これは恋なのか、尽き果てのない愛の貌なのだろうか。
幾重に存在する貌のひとつならば、それはなんという途方もないものなのだろう。
けれどそれを否定することはできない。
なぜならば私も彼自身であり、彼を愛すべき自己愛の私ですら、彼を愛さなかったのだから。
(Lost Narcism)
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