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「お姉さん、なにしてるの?」
私にそう言って無邪気な笑顔を見せたのは5歳にも満たないような男の子だった。
「ここでね、写真をとってるの。ほら、あそこの植物を見て。私はあのクワの木を1年を通して撮っているのよ。」
「そっかぁ。クワってなんか鳥の鳴き声みたいで面白いよね。僕、クワを撮ってるお姉さんは好きだけどクワの実ジャムは嫌いだな。」
「うふふ。そうなのね。ところで君。お母さんはどこ?最近ここで誘拐事件とかあったみたいだから危ないよ?」
「僕は大丈夫。」
「え?どうして?」
「僕はもう大丈夫なの。お姉さんの方が危ないよ。」
「え、なんで?」
「人は見かけによらないもん。」
「うーん…それは今関係無い気がするなぁ。まぁいっか。あ、そうだ。君の事も写真撮ってあげよっか?」
「え!いいのいいの?とってとって!」
「はーい、じゃあとりまー…」
私は持っていたカメラを男の子に向けた。
「え」
その瞬間、かじかんでいた手が更につめたくなった。一瞬呼吸を忘れ、目を見開いた。
私のカメラレンズが映していたものは木々とアスファルトだけだった。
カメラを胸の前まで下げて辺りをみてみる。
さっきまで一緒にいたはずの男の子がどこにもいない。
頭の中が真っ白になった。
「おじょうちゃん。」
呼ばれて振り向くとそこには腰の曲がったお婆さんがたっていた。
「えっ…どういう事?男の子は?」
「男の子?さぁしらないねぇ。」
「そうですか、ごめんなさい変な事言って。」
「おじょうちゃんは、あのクワを撮っているのかね?」
「はい、そうなんです。」
「そうかいそうかい。ところでそのカメラは電話機能でもついているのかい?」
「え?ついてないですよ?」
「あらそうなの。私さっきからずっとここにいたのに、あなた1人で話してるもんだから。不思議ねぇ。」
「え?」
「どうかしたのかい?」
「あ、いえ、なんでもないです。」
「ついでにおじょうちゃん。」
「はい?」
「私の家に美味しいクワのジャムがあるんだけど食べに来ないかね?1人じゃ持て余しちゃって。」
私はその瞬間、カメラを投げ捨て、ひたすらに走った。
あのお婆さんから逃げるように。
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