第二章 結界の縄

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第二章 結界の縄

宗匠の家から山手の方へ半里ばかり登って行ったところに、神社があって、その裏のお堂のそばに樹齢百年とかの大きな桜が、おおらかに枝をしなだれかけている。 宗匠も旦那衆も、弁当を開け、酒を注ぎだしたのを見て、徳衛門は一人、お堂のところまで歩いて行った。 お堂の前にしめ縄が張り巡らしてある。これ以上立ち入ってはいけないという結界の縄。 古木の大枝が花の重みでゆったりとたゆんでいる。 その下に立って、徳衛門はしばし目を閉じて、花の香りをかいだ。そして目を開けると、懐から短冊を取り出し、さらさらと書きつける。 「おや、もういいのが浮かんだんですか。」 いつの間にか若菜がそばに来ていた。 「どうも俳句は難しくてね。小僧の頃から、かるたが好きだったので。」 と言いながら、徳衛門は今書いた短冊を若菜に渡した。 そこには百人一首の歌が書いてある。 花さそふ嵐の庭の雪ならで          ふりゆくものはわが身なりけり (嵐のような風が吹いて雪の様に花が降りますが、ふるといって 古くなっていくのは実は私です。) これを聞いて若菜はしばらく黙っていたが、やがて 「朱雀屋の旦那さん、和歌が随分お好きなのね。」 と笑いながらその短冊の裏に一句、書き込んだ。 降る花を 何かうらみむ 世の中に         我が身も共にあらむものかは (降っている花を恨むことがあるでしょうか。自分の身もこの世では同じことですのに)
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