chap 1『黄泉』襲来

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chap 1『黄泉』襲来

《sec0 兆候》 傍目(はため)から見ても『その男』の異常は明らかだった。 それはネオンライトが瞬く夜の繁華街。その、地下街から地上へ上がる階段の途中。 男はピンストライプのスーツを着た、一見して何処にでもいる仕事帰りのビジネスマン風であった。 だが、その足元は何処となく覚束ない。 酔っ払ったかのように不安定な足取りで、大きく前傾し、手すりにしがみ付くようにして階段を昇ろうとしている。 一歩、また一歩。 ズシ‥‥という重たい足音が聞こえてくるようだ。 ググ‥‥ 手すりを持つ掌の筋肉が異様に盛り上がり、血管が黒く浮き上がる。 ミシ‥‥ 手すりが、その力に『負けて』少し(たわ)んだ様にも見える。 「おい‥‥アイツ、何か変じゃね‥‥」 横を通る若者が、男の異常に気が付く。 「ま‥‥まさかよ‥‥」 一緒に居た友人の顔から血の気が引く。 バキ‥‥バキバキ! 男の怪力に負けて、手すりの金具が壁から引き千切られる。 「やべぇ! こいつ『黄泉』だっ! に、逃げろぉぉぉ!」 辺りは一斉にパニックに陥る。 「『黄泉』だっ! 黄泉が出たぞぉぉぉ!」 「きゃゃゃぁ!」 「逃げろぉぉ!」 人々の賑やかな話し声が、瞬時にして悲鳴へと置換される。 『男』はその喧騒を意に介する事もなく、尚も一歩づつ地上に向かって昇っていく。 「ぐふぅ‥‥ぐふぅ‥‥」 吐き出された息からは、鼻を突く腐臭が漂ってくる。 そして地上に出たところで、その全身から辺りの景色が歪むほどの熱気が立ち昇り始めた。 ビリ‥‥ビリビリ‥‥ッ! 男の背中が急激に膨れ上がり、着ていたスーツが背中から細切れになって破れていく。 人を飲み込む『闇』が、あざ嗤うかの如くにその口を開けようとしている。 『巨大化(フェーズ・ツー)』が、始まったのだ。
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