空の彼方

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見上げてごらん、何が見える。立ち止まって、見上げてごらん、どんな風景が見える。  友人達が就活に励んでいる頃、私は人形作りに没頭していた。友人達がその将来を企業という組織に委ねたように、私は人形作家という夢にその将来を託した。  くる日もくる日も、朝から晩まで毎日毎日。上を向くこともなく下を向いたまま、一体、二体、三体……。だが、作っても作っても作っている私自身が気に入る人形とは出会えなかった。それでも、ただ只管、私自身が気に入る人形だけを求めて作り続けた。  私は苛立っていた。迫り来る締切日に間に合うかどうか、それだけが気になって。応募者全ての人がそう願うであろう事を私も願っていた。たった一人の者だけに与えられる優勝をイメージして。  カレンダーのバッテンが増える度に私の苛立ちは倍増していった。そのせいで、人形を作る私の手は休みがちになっていった。そんな時ラジオから、 永六輔作詞、いずみたく作曲の『見上げてごらん夜の星を』が流れてきた。  小さな星の小さな光が、  ささやかな幸せをうたってる。 少しハスキーな女性のその声は、私の心に留まることはなく、私の耳を素通りしただけで消えていった。  そうこうしているうちに、到頭、やってきた。焦る私を置き去りにしたまま、締切日に間に合うように送付しなければならないその日が。焦れば焦る程に思いとは裏腹の行動をしてしまうのが、人というものなのだろう。私は人形を作ることができなくなってしまった。頭を抱えたまま机上の縁に額をくっ付けて突っ伏していた。その目の端に、私の周りを囲むようにして捨て置かれた数体び人形達が飛び込んで来た。私はその人形達の中から最も出来の良さそうな人形を拾い上げて、送付した。  それから数ヵ月後。電話連絡はこなかった。私の人形は最終のノミネート候補者の中に入ることはできなかった。悲しくて、悔しくて、空しい落選なのに、なぜか涙はでなかった。その時もまたラジオから、 永六輔作詞、中村八大作曲の『上を向いて歩こう』が流れてきた。  私は窓を開けた。そして、空を見上げた。 青く澄んだ高い空のキャンバスには、秋の鰯雲が白い絵具で描かれてあった。  上を向いて歩こう、にじんだ星をかぞえて。  思いだす、夏の日。 私の耳から入ってくる坂本九の歌声が、私の心に留まった。途端に、私の眼から涙が溢れ出て頬を伝って滴り落ちた。
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