ノスリという男

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 電子看板の中には目的がよく分からない物も多い。大勢の男女が輪になってわいわい騒いでいるだけだったり、海中のプランクトンを小エビが食べその小エビを小魚が食べ、もう少し大きい魚が、大型魚がと続き、最後にその大型魚が調理されて食卓に上るまでをアニメ調で描いたり。突然ビルのガラスが一斉に割れ、会社員が忙しく立ち働いていたり、レストランで家族揃って食事を楽しんでいたりする各階の様子が丸見えになる一方で、ある窓の縁には片手でぶら下がり大声で何やら喚きながら強風に煽られて今にも落ちそうにしている人もいる、と思いきや、それらはただの映像で元のビルはガラスひとつ割れていないなどというはた迷惑な電子看板もあった。  ノスリは時々こんな光景を想像する。あと数時間もして駅前からもすっかり人がいなくなっても、決められた映像を決められたタイミングで流し続ける電子看板の群れ。量販店はそこにいない誰かにしきりに商品の購入を勧め、映像の中で笑いさざめく男女やアニメ調の魚たちは解読されることのないメッセージを垂れ流し続けている。突然ビルを覆うガラスが割れる演出は誰のためだろうか。音さえしない代わり映えのない映像ならば、人間がいない間にとゴミを漁りに来たカラスさえ驚かすことができないだろう。閑散とした街。閑散とした道路。静寂の中で電子看板だけが無言ではしゃぎ続けている。
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