ノスリという男

5/44

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/364ページ
 それはずっとノスリを悩ませ続けてきた問題だった。単純な確率で言えばテレパスである可能性の方が高い。彼女がテレパスならばノスリの恋々とした感情に気付いているはずである。気付いた上で何の素振りも見せないというのは冷淡ではないか。いやもしかしたらこちらから声を掛けるのを待っているとも考えられる。それが証拠に毎日のようにノスリと同じエレベーターに乗り合わせているではないか。ノスリはたいてい定時きっかりに帰っているからエレベーターに乗る時間は決まっている。嫌ならば五分なり十分なり時間をずらせばノスリに会わなくて済むのである。それをしないのは俺の思考を読みながらも俺を嫌っていない、少なくとも避けてはいないということになりはすまいか。  しかし、恐らく彼女は非テレパスだろうとノスリは思っている。例えば表情。一般にテレパスは感情が希薄で表情が顔に出にくいと言われている。彼女の見せる深い憂愁は非テレパスである有力な証拠だ。またテレパスは言葉の扱いが下手だとも言われている。以前に彼女と交わした会話は短いながらも違和感のない自然なものだった。そういったことから彼女は非テレパスだろうと思われるのだ。  だがそこには多分にノスリの願望が含まれている。自分が非テレパスだから彼女も同じであって欲しいのだとノスリは自己分析している。テレパスと非テレパスという組み合わせは上手くいかないだろう。しかし、では彼女がテレパスだったらさっぱり諦めるかと問われればそうとも言い切れない。要するに何もかも曖昧であった。ただひとつ確かなのは彼女がどちらかであるかを決定づけるはっきりした証拠はないということで、だからこそノスリはこうして日々悩んでいるのだった。
/364ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加