ノスリという男

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 ノスリの勤める会社は東京は新宿の、とある雑居ビルの四階にある。そのビルは全く古ぼけていて、ガラス張りの高層ビルが立ち並ぶその一帯で肩身を狭そうにしている。一階のシャッターが常に下りているのは、せめて醜い内面だけは見せまいと恥じらっているのだろうか。しかし立ち入り禁止かと言うとそうでもなく、ビルの横にある通用口から誰でも出入りできた。  その通用口をくぐって外に出たノスリは途端に十二月の空気に肌を刺され、思わずコートの前をかき寄せた。ビルの正面に回ると賑やかな目抜き通りに出る。大通りは真っ直ぐ新宿駅まで続いていて、道路の左右には家路を目指す会社員が列を成している。  まるでアリだなとノスリは思う。餌場と巣穴を往復するアリの列。同じような背格好をして似たような服装で着飾り、判を押したように無表情である。仕事の疲れで表情が消えている者もいるだろうが、大半は生来の無表情をぶら下げたテレパスだろう。彼らはただ駅までの道のりを歩いているだけのように見えるが、その頭上ではテレパス能力によって無数の思念が慌ただしく行き交っているのだろうか。
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