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もともと物を決めるのは早い方で、腹を決めるのにそれほど時間はかからなかった。彼と付き合うと決めた時だって、良いと思ったからまるでノリで決めたようにその場でパッと決めてしまったのだから。
「わかりました、やります。協力させてください」
まっすぐ旦那の目を見て伝えた。翻訳機の画面がまたアナグラムをつくる。英文がカノジョの言葉を伝えると、旦那が音声と画面を見て頷いた。
「よろしくおねがいします、えんぎはとくいですか?」
冗談を言うみたいに笑って返す。
「あんまり得意じゃないですね」
あんまりどころか得意じゃないのに、苦笑しながら答えた。
「わたしも、あまりとくいでは、ありません。ともに、がんばりましょう」
そして求められた握手に応えた。大きな手は、これから先に起こるいろいろなことを想像してしまってなんだか素直に握るのも躊躇われたが、同時にその恋人とは違う力強さも感じる。
「さきに、しゃわーを、あびてください」
促されると緊張したものの、見ないので安心して欲しいと言いながら目を塞ぐ仕草が、なんだか可愛らしくて紳士的だなと思った。
(……大丈夫)
きっと変えられる。変えてくれる。
一歩踏み出すために、この手を取ったのだから。
静かにシャワーの蛇口をひねるのだった。
ーカノジョと富豪の風呂の話 終ー
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