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「もともと全ての生き物は遺伝子の乗り物に過ぎないのよ。愛も絆も全て遺伝子の生存戦略。私たちにあらゆる欲望を抱かせるのは遺伝子で、幸せは遺伝子を満足させることでしか感じられない。そうじゃない?」
エミは言った。多分彼女の言うことは正しい。しかし、村山はそれほど合理的にものを考えることができなかった。
「でも、僕は君を愛してる。」
村山の言葉に、エミは空気を奪われたように黙り込む。エミだって遺伝子原理主義者ではない。きっと分かってくれると村山は信じた。
「そうね。私もあなたを愛してる。」
それから、2人はカレーライスを黙々と口に運んだ。
それはきっと遺伝子の命令なんかではないはずだ。
食堂を出ると二人は手を繋いで歩いた。黄色い銀杏の葉が絨毯のように道に広がっている。実の腐った匂いが村井の鼻をつく。
「ねえ、銀杏の木って雄と雌があるの知ってる?」
歩きながらエミが聞いた。村山は首を振る。
「雄が花粉を飛ばして、雌の木につく実に付着すると、そこから精細胞と卵細胞を作って結合させるの。雄と雌の個体がはっきり分かれていて、でもそれぞれが出会うのは風まかせ。」
エミは話を続ける。
「そんな当てずっぽうな生殖の方法で2億年も遺伝子を受け継いでこれたなんて、不思議な話よね。」
村山は何となくエミの言いたいことが分かったような気がする。
「2億年か。想像もつかないな。でも、一体何の為に遺伝子を残すのだろう?」
村山は聞いた。流石にエミに答えを期待してはいない。
「なぁ、今、俺はその本を持ってるんだ。」
「うん。」エミは頷く。
「手伝ってくれないか?」
エミは黙って頷いた。彼女は全て分かったというような表情をしていた。
構内の隅にある駐車場で、村山は火を焚いた。
燃えるもなんて他に持っていなかったから、ライターで直接その本に火をつける。結局中身は一度も読まなかった。これで、人生はずっと攻略が難しくなるかも知れない。でも、エミが居てくれればそれで良いと思った。
村山とエミは、その本が燃え尽きるまで、寒空の駐車場に立ち尽くしていた。
本は良く燃えた。それは人生そのものだ。
煙が螺旋状に立ち昇っていくのを見て、村山は初めて自分の遺伝子のカタチを知った気がした。
了
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