タブラ・ラサ

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部屋に入ると中には大きな機械が置いてある。ひと昔のプリンターと同じようなものだろう。 「では先ず本人確認の為に両手をこの機械の上に置いて下さい。」 村山は言われるがままに手のひらを乗せる。すると緑色の光線が手のひらと指の指紋を読み取った。 「5分ほどで印刷が始まります。私は部屋を出て施錠致しますので、この空間のプライバシーは完全に保護された状態になります。」 そう言って女性職員は部屋を出る。村山は独り機械と対峙する。白い紙が機械にセットされている。そこに自分の遺伝情報が書き込まれていくのだ。今は真っ白な白い紙。村山は何者でもない。 沈黙が重くのしかかる。まさに今、自分の人生が予言されるのだ。例え後にその本を焼き払ったとしても、この沈黙こ時間は自分の人生が遺伝子によって決まっているのだということを鮮烈にイメージさせるだろう。 その時、機械が音を立てた。村山の指紋を読み取った時と同じように、レーザーで素早く文字が印刷される。ブロックチェーンから取り出された二重らせん構造の情報がカタチになって積まれていく。今まで見たこともなかった遺伝子と対面するのだ。 村山は自分の心臓が焼かれるような気分になる。しかし、最早抵抗など出来ない。 気付くと、機械の音は止んでいた。一冊の本が、丁寧に製本までされて出来上がる。村井はその重みのある本を手に取った。これが自分の遺伝子のカタチであり、取り扱い説明書であり、そして聖書になるのだ。 村山は急いでバッグに本を押し込むと、市役所を後にした。
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