螺旋構造

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「ちゃんと受け取った?」 大学の食堂の雑多な音をすり抜けて、エミの声が村山の鼓膜を振動させる。 「ああ、ちゃんと受け取ったよ。」 村山は答える。エミはいつもカレーライスをお盆に載せて、村山の前に座った。 「良かった。じゃあ、早速相性を占ってもらいましょう。」 エミは迷うことなく本題に入る。村山はゴクリと水を飲み込んだ。 巷には遺伝子情報を用いた相性診断があるのだ。結婚を前提にしたカップルが利用できる、遺伝子の結合に関する診断だ。つまり、セックスをして子供が産まれたときの、その子供の遺伝子に関する診断である。遺伝情報保護法によってその利用が厳しく制限される中で、当然子供の遺伝子に関する優劣をつけるような診断は違法だ。 しかし、若者の間でそれは”占い”と称して秘密裏に行われた。合わない組み合わせで子供を作っても、遺伝子が次の世代、また更に次の世代に継承される可能性を損なうだけだ。それは自分の人生を占うこと以上の意味がある。 「ねぇ、もしかして躊躇ってたりする?」 頭の回転が早いエミは村山の表情を読んでどんどん一人で喋る。エミが喋るだけで会話が成立するのだ。 「遺伝子で全て決まるなんて不愉快だって思ってるでしょ。そりゃ私も自分の遺伝情報が本に印刷されてく時は、少しそう思ったよ。でも、それは科学的に正しいのよ。私たちの人生の多くは遺伝子に依存してる。だから幸せに生きる為には、それを理解することが必要だと思う。」 エミはいつも合理的だ。理系女子とは恐ろしいものだと村山は思う。 「なんだか、遺伝子に利用されているような気がして。自分の人生に役に立つなら良いけれど、次の世代や更にその先の世代に受け継ぐ遺伝子に僕らが責任を持つ必要があるのだろうか。」 村山は正直に言う。遺伝子の組み合わせが悪かったからといって、エミと別れるつもりは村井には毛頭なかった。性格も、生活スタイルも、エミとはこの上なく相性が良かったし、二人の幸せだけを考えるならば、子供の遺伝子が良かろうが悪かろうが関係ない。それほど悪いのならば子供なんて作らなければ良い。あの二重らせん構造だけが全てではないのだ。 「馬鹿ね。」 エミは笑って言った。そしてカレーライスを一口飲み込む。
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