彼女の桜、彼女の恋。

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 ――草の中には耳があった。懐中電灯の光で、赤いピアスがしっかりと見えた。右の手のひらに、あのとき触れた耳の感触が蘇る。生暖かかった。あの耳にはまだ体温が残っていた。軟骨の部分も分かったし、耳たぶはふっくらとしていて柔らかかった。私は耳を手に取ったまま、動く事ができなかった。ずっと美佳の耳を凝視したまま、突っ立っていた。私を呼ぶ母の声が聞こえて、思わずそれを手から落してしまった。草に落ちる音がしたけれど、それをまた拾おうとは思えなかった。  右の手のひらを思いっきり引っ掻いた。あの感触を消したい。もう一度痛いぐらいに引っ掻く。――消えない。  はらり、と何かが地面に落ちていくのが見えて、私は屈み込んでそれを指でつまんだ。淡い色をした桜の花びらだった。  自然と桜の花言葉を思い出す。  ――精神美。  今の美佳になら、先輩も「君には無いもの」なんて言わないだろう。  ――私は?  手のひらの花びらを見つめたまま、私は立ち上がることができなかった。了
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