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第1話: ペンローズの三角形
言葉にしないと何も伝わらない。そんなふうに言われてしまうと、僕は少し疲れる。言葉にしたところで何も伝わっていないことは多々あるし、それは時に誤解を生んでしまったりする。
「ねえ、優樹。不可能性の最も純粋な形……。そんな形を知ってる?」
朱に染まる駅のプラットホームで、与野遥はそう言った。僕らは一緒にいても、何も話さない時間の方が長かったりする。遥も僕も、口数が少ないというか、お互いに自分から積極的に話をするような性格ではなかった。
だから、僕らの会話は唐突に始まることが多かった。断続的な文脈に、最初は驚きもするのだけれど、そこで交わされる言葉がこぼれ落ちていかないように、一つ一つ、そっと胸の中にしまっておきたいと願う。
「もし、そんな形があるのなら、手の平に乗せて、じっくり眺めてみたい……かな」
僕がそう答えたときには、駅のアナウンスと共に、急行列車がホームに滑り込んでいた。茜色に光り輝く列車は、そのまま僕らの横を減速せずに通過していく。列車がはねのけた空気は、遥の前髪を揺らし、彼女の空色のワンピースを揺らし、そして僕の頬をかすめていく。
「ペンローズの三角形」
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