第2話:春の倫理とコペルニクス的転回

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 学生時代、科学哲学を専攻していた僕には、科学史の話には馴染みがあった。現象を説明しうる理論はシンプルな方が優れている。 「地球を中心に天体がその周りを回っている。そうではなくて、地球がそもそも動いている、ということを理論体系に含めると、どうにも惑星の軌道がシンプルに説明できるようになったのよ」 「コペルニクスだよね」 「そう、コペルニクスの地動説」  物事の見方が百八十度変わってしまう事を比喩したコペルニクス的転回なんて言葉がある。まあ、それほど大げさな話ではなくとも、科学理論は本質的に暫定的なものであり、認識能力が僕たち人間よりも優れた宇宙人であれば、同じ現象を別の理論で説明するかもしれない。どのみち人間に認識できる現象には限界がある。だから現象を説明するための理論は常に不完全なんだ。  はらはらと舞い落ちる桜の花びらを手で救ってみる。透きとおる紫色の向こう側で、遥の笑顔と季節外れの暖かい風が、造り物ではない春の美しさを形作っていた。 『東京駅発、最終列車のご案内です。各路線ともに、ダイヤの大幅な乱れが予想されます。最新かつ正確な情報は駅係員にお問い合わせください。宇都宮線、宇都宮行は、16時30分、東海道線、熱海行は16時18分、中央線特別快速……』     
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