第2章 バザールの老婆

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妙な胸の痛みで目がさめる。 いつ寝たのか、どのようにどこで寝たのか分からない時の目覚めは本当に不安を煽る。 自分がこの世のどこにもいないかのような感覚を味わう。 「目が覚めたね」 僕の呼吸の違いを認識して覚醒を把握したのだろう。 その声を聞いた瞬間、僕の頭が超高速で回り出すのを感じた。 そうだ、僕はこの老婆に殺されたのだ。 生きている、しかし、事実上この老婆は僕たちを殺した。 その恥ずかしさ・・・自分がやってしまったことの迂闊さを思い返すと吐きそうになる。 「タチバナはもう目覚めているよ」 先ほどまでの冷たく、あしらうような口調から一転してこの老婆は僕たちを労っている。 しかし、もうそれに乗るわけにはいかない。 そうやって自分の状態を把握した時、自分が布団に寝かせられていることに気づいた。 倒れたところにそのまま放置したのではなく、本当に自分たちを大事に扱ったのだ。 「私は<絨毯売り>その異名の意味をあんたは知るまいがね、人生を賭けたその名前に誓うあんたたちを騙す意図は一切ないよ」 <絨毯売り>の意味。 確かに知らないが・・・。 「信じることは出来ないな」 「当たり前さ、この世界で絶対に信じられるものなんてない、いつだって選択に責任を持つしかないんだ」 そうやって、彼女は僕の甘さを再び指摘する。 悲しいほどに僕は甘い。 「タチバナも似たようなもんさ」 自分の世界に籠るな、状況を忘れるな。 考えることを止めるな。 僕がやるべきことをこの<絨毯売り>は的確に言ってくる。 「・・・」 僕は黙るしかない。 タチバナの元に行こう。 これが罠だろうが、そうでなかろうが、僕はタチバナと一緒に居ると決めた。 「あぁ・・・彼女を守ることだけが・・・僕が胸を張ってやると誓えたことだ」 そんな僕の言葉を老婆は何も言わずに笑って受け止めた。 「言葉なぞ無意味だよ」 彼女は僕の内面に渦巻いているものが見えているのだろうか。 それでも僕は立ち上がってタチバナの元に行くしかない。
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